PROFILE: 左:深川麻衣/俳優 右:冨永昌敬/映画監督
京都を舞台にした映画「ぶぶ漬けどうどす」が6月6日から公開された。同作は、京都の老舗の扇子屋の長男と結婚したフリーライターのまどかが、老舗の舞台裏をコミックエッセイにしようと意気揚々と夫の実家にやって来たものの、本音と建前を使い分ける京都人県民性を甘く見ていたために大失敗。しかし、京都愛に火がついたまどかは、周りを巻き込んで思わぬ事態を引き起こす……といった内容で、個性豊かなキャラクターが入り乱れて、京都の不思議な魅力をシニカルな笑いで描き出す。
監督は「素敵なダイナマイトスキャンダル」「白鍵と黒鍵の間に」など、独自の世界観で人間ドラマを描いてきた冨永昌敬。まどかを演じたのは初主演作「パンとバスと2度目のハツコイ」で高い評価を得てテレビや映画で幅広く活躍する深川麻衣。初顔合わせとなった2人に話を訊いた。
コメディエンヌとしての
深川麻衣
——「ぶぶ漬けどうどす」で深川さんが演じられたまどかは、最初は今時の若い女性のように見えますが、物語が進むに連れて先が読めない行動を取り始める。目が離せないユニークなキャラクターでしたね。
深川麻衣(以下、深川):そうなんですよね。映画の後半からすごいパワーで動き出すんですけど、彼女のパワーの根源がどこにあるのか、撮影に入る前にずっと考えていました。まどかって、すごくピュアなんですよね。映画の前半では言われたことを全部真に受けて周りに迷惑をかけてヘコんでしまうんですけど、物語の後半は「自分が京都を守る!」という純粋な気持ちで暴走する。そういう真っ直ぐさは自分にはないので、いいなあって思いました。
冨永昌敬(以下、冨永):いやいや、深川さんにもそういうところはあると思いますよ(笑)。
深川:ホントですか! あるかなあ。
——そういう共通点があるのが、今回のキャスティングの理由の一つだったんですか?
冨永:そうですね。最近、深川さんはいろんな作品に出られていますが、サスペンスが続いていた中で「完全に詰んだイチ子はもうカリスマになるしかないの」(テレビ東京 2022年)を観た時に、ちょっとヒネくれた役をコメディーのように親しみやすく演じていたんです。深川さんは自分が演じる人物をしっかり把握していた。そういう役に対する理解力と深川さんが本来持っている親しみやすさが、まどかに必要だと思っていたんです。
——まどかのキャラクターについては、どんな話をされたのでしょうか。
冨永:キャラクターの話はそんなにしてないですね。どちらかというと、物語における役割についての話でした。まず、まどかが登場した時は、お客さんに応援してほしい。ちょっとおかしなことをし始めたら「やめた方がいいんじゃないの」って心配してほしい。そして、ある時点からはあきれてほしい。そんな風に物語の時間軸に沿って観客にどう見てほしいかを考えていったんです。
深川:そうでしたね。まどかがただ京都を引っかき回しているだけに見えたらもったいない気がして。お客さんに愛着を感じてもらえるようなキャラクターになればいいなって思ってました。まどかの身にはいろいろ大変なことが起こるんですけど、まどかは全然引きずらない。スーパー・ポジティブなんです。
冨永監督の発想力
——確かにまどかはメンタルが強いですよね。。京都で暮らし始めてすぐに大失敗をして完全なアウェイな状態に置かれてしまうのに、後半の巻き返しがすごい。深川さんは冨永監督の作品は今回が初めてですが、これまでの作品はご覧になっていました?
深川:拝見していました。冨永監督はいろんなジャンルの作品を撮られていますが、独自の世界観が広がっているじゃないですか。だから、今回ご一緒できることを楽しみにしていたんです。
冨永:自分が作った作品が、見る人に素っ気なく映るのが嫌なんですよ、「こんなの作ったんだけど観て!」っていう感じの馴れ馴れしい作品にしたくて。それが特殊な印象を与えているのかもしれないですね。
——気取った作品にしたくない?
冨永:そう。「馴れ馴れしいやつだな」って思われたいんです(笑)。
——深川さんは冨永監督にどんな印象を抱かれました? 「馴れ馴れしいやつ」でした?
深川:そんなことはなかったです(笑)。でもどの作品にも共通して、作り手の監督の人柄からにじみ出る面白さがあって。今回ご一緒して、やっぱり独自の感性をお持ちの方だなって衣装合わせの時から思いました。冨永監督は最初から衣装とか髪型に明確なイメージを持っているように感じて。
冨永:それは僕の方が考えている時間が長いからですよ。それに僕は深川さんからアイデアをもらっているんです。深川さんにまどかをお願いしようと思った時から、まだ返事もいただいていないのに、深川さんだったらどんな衣装がいいのかとか、いろいろ考え始めていたんです。だから現場で出てきたアイデアも、深川さんと一緒にシーンを作っているからこそ出てきたものなんです。
——深川麻衣という人物からインスパイアされて、いろいろとアイデアを思いつくわけですね。
冨永:そうです。みんな深川さんのせいなんです。
深川:「せい」って(笑)。
——監督は現場でいろんなアイデアを出されたということですが、深川さんの印象に残っているものはありますか?
深川:一番びっくりしたのは、最後の小さな鳥居を外して持って帰るところですね。台本にはなかったんですけど、段取りをやっているときに監督が「その鳥居、外して持って帰ってみましょうか」と言って、その場にいた全員がびっくりしていました。でも、その演出を受けてスタッフの皆さんが「だったら、こんな風に……」ってアイデアをいろいろ出してリアルタイムでシーンを作っていったんです。そういうことは他の現場ではあまり体験したことがなかったのですごく刺激的でしたね。
——監督はそういう風に現場でシーンを作っていくことが多いのでしょうか。
冨永:そうですね。みんなが面白がっているのが分かるんで。鳥居を外して持って帰るとおかしいだろうな、と自分では思っているんですけど、現場では笑わずにボソッと言うんです。そうすると、みんなが「えっ? どういうこと」って思う。そして、少し間をおいて「このシーン、変だな」って気づくんです。
深川:そこまで計算されているんですね!
冨永:その場で思いついたことでしたけど、撮った後で、まどかだったら持って帰らないとおかしい、と思いました。普通の人だったら、そんなことは考えないだろうけど。
深川:そうですね。まどかは周りにどう思われても関係ないし。
——その後、まどかが環(室井滋が演じる義理の母)と激しい言い合いをする時に、その鳥居を悪魔と戦う時に使う十字架みたいに使っていたのがおかしかったです。
深川:それに気づいていただいてうれしいです(笑)。お母さんに取り憑いた悪霊を追い払おうとしているみたいな感じで使ったんです。
映画にも活かされた
京都の魅力
——監督が現場で思いついたアイデアを深川さんが演技に発展させた。すごくクリエイティブな現場だったのが伝わってきますね。今回、京都という街も重要な役割を果たしていましたが、今回の撮影で改めて京都と向き合われてどんな感想を持たれました?
深川:これまで観光で何度も京都に行ったことはあったんですけど、今回の撮影ではこれまで行ったことがない場所をいろいろ回らせていただいたんです。銭湯をリノベしたさらさ西陣さんとか、古い建物を改装して若い人に人気のカフェになっていたりして、世代を超えて歴史が受け継がれている。そういうことができるのが京都らしくてすてきだなって思いました。
冨永:深川さんのそういう感性は、まどかに通じるところがありますね。まどかが強烈なエネルギーを発揮できたのは京都が好きだったからなんですけど、なんでそこまで京都が好きなのか、その理由は撮影しながら考えていたんです。それが最近、ようやく分かったんですよ。京都の人のすごいところは修繕。古くからあるものを修繕しながら使い続ける発想と技術なんです。映画の中で「おくどさん」という京都のかまどが出てきますが、いまの時代、炊飯器を買えば手軽においしいご飯が炊けるのに、何世代もおくどさんを修繕して生活している。まどかはそういう京都の歴史につながりたかったんですよね。だから、最初は(夫の実家で扱っている)扇子に興味があるんですけど、途中から家のことばかり言い始めるんです。「この家を守らないと」って。まどかが興味があったのは京都の人の生活なんですよ。京都みたいな街は他にはありませんから。
——歴史は魅力的なコンテンツですもんね。最近は京都に限らず、古い民家をリノベーションしたカフェが日本各地でできているし。
深川:私も歴史を感じるものって好きなんです。時代劇にもロマンを感じて、その時代に暮らしてみたかったなって想像してしまうんです。電話がなかった時代って、どんな感じだったんだろうって。
冨永:そういうところも、ちょっとまどかっぽい(笑)。
——まどかの場合、熱い想いがエスカレートして最終的に京都を守るために戦い始めますよね。誰に頼まれたわけでもないのに(笑)。
冨永:そう(笑)。結局は承認欲求なんだと思います。
——大好きな京都という街に認めてもらいたい、という。この映画では、実は京都の人たちは、そんなに街の歴史に執着していないというところも描かれますね。環が実はマンションで楽に暮らしたいと考えていたり、老舗の和菓子屋がハロウィン向けのお菓子を売っていたり。
深川:この撮影で京都に滞在したり、京都の方にお話を伺ったりして思ったのは、京都のイメージが作られすぎていて、京都に住んでいる人たちは、京都らしさを押し付けられているんじゃないかなっていうことでした。私自身、無意識に京都らしさを京都の町や人々に求めていたかもしれないと気づいてドキッとしました。
冨永:俳優さんもそういう風に見られますからね。ファンの方が一方的に抱いている深川さんのイメージがあって、そういう風に振る舞うことを求められたり。
深川:確かにそういうことはありますね。
2人がハマったもの
——好きになった方が相手のイメージを勝手に膨らませる、というのは、ある意味、片思い状態とも言えますね。この映画はまどかの京都に対するラブストーリーとも言えると思うのですが、お2人はまどかのように恋愛以外で何かを熱烈に愛したことはありますか?
冨永:僕はあります。それは映画です……と言わなきゃいけないとこなんですけど、山椒魚なんです(笑)。
深川:えーっ!
——監督のデビュー作のタイトルが「パビリオン山椒魚」(06年)でしたもんね。どういうきっかけで山椒魚と恋に落ちたんですか?
冨永:井伏鱒二の「山椒魚」という小説を10代の時に読んで感動したんです。あれを読んで感動する平成の高校生というのも珍しいと思うんですけど。
深川:やっぱり、感性が独特ですね(笑)。
冨永:太宰治が山椒魚にどハマりした井伏鱒二をモデルにした短編を書いてるんですよ。そっちもめちゃくちゃ面白くて。太宰が書いた井伏って、まどかのように何かが好きすぎて極端な行動をとってしまう人物なんですよ。山椒魚に狂って大金を投じて地方に出かけていったりする。それで僕も岐阜県の山奥までオオサンショウウオを見に行ったりしたんです
深川:会えました?
冨永:普通にいました(笑)。一度、山椒魚を飼わなきゃいけないな、と思っていたころに、「パビリオン山椒魚」の構想ができたんです。実は京都にある京都水族館は山椒魚が有名なところなんですよね。というのも、台風で鴨川が増水したら山から流されてきた山椒魚が三条(※京都市内の中心部)あたりにいるらしいですよ。だから京都は山椒魚の街でもあるんですよね。そういうエピソードも映画に入れようかと思ったのですが、入れるととっちらかってしまうのでやめました。
——まどかが山椒魚と出会っていたかも知れないんですね(笑)。深川さんは愛さずにはいられないものはありますか?
深川:動物つながりで思いついたんですけど、私は犬が大好きなんです。いま愛犬を飼ってるんですけど、犬っていう存在が尊すぎて。撮影をしてても、犬が通ると絶対目を奪われてしまうんですよ。すごく触りたいんですけど、触ったら飼い主の方に失礼なので、その気持ちをぐっと我慢して観察してます。
——犬のどんなところに惹かれますか?
深川:エゴがなくてピュアでまっすぐなところがかわいいんですよね。
——まどかみたいですね(笑)。
深川:確かに(笑)。もし、私が財力と時間を持て余す大富豪だったら、30匹ぐらい犬を飼って一緒に暮らしたいです。
——ワンコ御殿を建てる(笑)。では、冨永監督は山椒魚御殿を。
冨永:僕も30匹の山椒魚と一緒に暮らします(笑)。
PHOTOS:RIE AMANO
STYLIST:[MAI FUKAGAWA]MIKU HARA
KIMONO DRESSING:[MAI FUKAGAWA]YUKO SEGUCHI
HAIR & MAKEUP:[MAI FUKAGAWA]KAREN SUZUKI
[MAI FUKAGAWA]着物 19万8000円、帯 13万2000(予定価格)、帯揚げ 1万3200円、三分紐 8800円、帯留 8800円、草履 2万7500円、刺しゅう半衿と中に入れた半襟は参考商品/すべてきものやまと(0120-18-8880)
映画「ぶぶ漬けどうどす」
■映画「ぶぶ漬けどうどす」
6月6日公開
出演:深川麻衣、小野寺ずる、片岡礼子、大友律、若葉竜也、山下知子、森レイ子、幸野紘子、守屋えみ、尾本貴史、遠藤隆太、松尾貴史、豊原功補、室井滋
監督:冨永昌敬
企画・脚本:アサダアツシ
配給:東京テアトル
©2025「ぶぶ漬けどうどす」製作委員会
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